うつ と くつ《鬱屈》

日常の不満、モヤった事の掃き溜めブログ

アンチ人気店!?ご飯を美味しく食べたい話。|うつ と くつ《鬱屈》

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どうも、鬱屈です。

 

前回は重たいテーマを書いたので、今回は軽めの内容で。

軽めったってまぁ文句なんですが・・・

 

とにかく、今回のテーマは「食」。

中でも外食について書いていきます。

 

 

 

↓初めてお越しの方はご一読ください。

 

utsutsu810.hatenablog.com

 

「店を探そう」

晩ごはんどこで何食べよう?

自炊が苦手な方は毎日頭を悩ましていることと思います。

僕もその一人です。

料理が苦手なのは別に悪いことじゃありません。

むしろ自分で作るご飯が大して美味くない分、

お外で食べるご飯が美味しく感じられるから良いことです。

 

最近は出前の業者さんも多くなりましたが、僕の住んでいる地域は

雪国なので、この時期は特に「わざわざ届けてもらうのは悪いな・・・」

なんて思ってしまうため未だ使ったことがなかったりします。

(ひねくれたこの性格についてはまたの機会に)

 

ちょっと脱線しましたが、ご飯を外で食べるとき、

お店選びには何を重視しますか?

 

僕はとにかく居心地の良さを重視します。

端的に言えば「混んでない店」。

 

僕は所謂「行列のできる人気店」が苦手です。

これは昨今の時勢に関係なく、以前からそうなんですが、

人気があって混んでる店に行くと必ずと言って良いほど、

モヤモヤした不快な気持ちで帰る羽目になっているからなんです。

 

ある時は回転寿司に行ったら2組のカップル連れの間に1席空いてる、

その1席に通されたうえ、片方のカップル連れが終始僕の席の注文用紙で

寿司を頼み・・・

 

ある時はラーメン店に行ったら前の3人組を固めて席に通したいからか、

カウンターが3席並びで空くまで列が停滞して鬼のように待たされたり・・・

 

挙げ始めたらキリがないですが、とにかく混んでない、

並ばないのが僕にとっての正義です。

 

「で、味は?」

苦手な理由はもう一つ。

口コミサイトの口コミなどで

「気持ちのいい接客だった」とか

「人柄がすごくよかった」なんて書いてあって星5つ。

みたいなね。

これ、人気店と言われる店にけっこうあると思うんですが、

 

いや味はどうなのよ、と。

 

飲食店はご飯を食べに行く場所であって、お見合いをしに行く場ではないぞ、と。

 

お店が清潔で、料理が美味しければ作る人が前科持ちだろうが何だろうが関係ないんですよ。(極端な話ね。)

 

人柄とか、味以外の変なところに味付いてることがあって、

ファンが多いって事なんだろうけど、なんだか気持ち悪く感じてしまうのが

人気店が苦手なもう一つの理由です。

 

悩み

というわけで僕はやっとこ見つけたお店に

「ここの店美味しいしいつ来てもすぐ座れる!最高!」って

通い始めるんですが、この店選びにおいての悩みが一つあります。

 

そうです・・・

 

 

通い始めると・・・

 

 

潰れるんです・・・

 

 

あぁ、またあの店のラーメン、食べたいなぁ・・・

 

自死について考える。|うつ と くつ《鬱屈》

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どうも、鬱屈です。

 

自死

 

嫌なこと・悲しい出来事が続いたり、物事がうまくいかなかったりして

鬱っぽい気分になったことがある人なら、本当に実行するとまではいかなくても、

一度は考えた事があるのではないでしょうか。

 

少し重いテーマではありますが、今回は「自死」について

僕の考え方を書いていきます。

 

※不快に思われる方がいるかもしれない内容となります。

 続けてお読みになられる場合はご注意ください。

 

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自死とはなにか

読んで字のごとく「自ら」「死」を選ぶこと。

著名な俳優さんの訃報が相次いだことも、記憶に新しいかと思います。

 

選択肢からそれを選ぶこと、選んでしまうこと

今回書きたいことを結論からもう言ってしまいましょう。

自死は「間違った選択」です。

絶対に反対します。

それは何故か。

 

「何も変わらない」から。

 

自死を選んだ人が実行するに至る流れには二通りあると思っています。

・長い間悩んで悩んで追い詰められた末、最終的に他に選択肢がなくなった

・一つの大きな出来事もしくは嫌な出来事が立て続けに起こり、メンタルが一番低いところまで下降しきってしまった結果突発的に

 

ただ、共通して言えるのは自分が置かれた嫌な状況から抜け出したい、

取り払って打開したいということなのではないかと思います。

そのために、自分とともに嫌な現状を終わらせる。

 

原因がまったく推測できない人も中にはいるでしょう。

が、ほとんどの人が何かを苦にして、だと思います。

それは生前誰かに悩みを相談していたり、遺書であったりに表れます。

 

いじめを苦に自死を選んだ人がいたとします。

それはニュースになり、残された家族や知人は「いじめや嫌がらせをなくしてほしい」

「同じような悲しみに遭うことのないようにしてほしい」と世の中に訴えます。

 

就職難から困窮し、国からの援助なども受けられず食うに困って自死を選んだ人がいたとします。

それはニュースになり、街でインタビューを受けた人や、ワイドショーのコメンテーターは

「こういった境遇にある人が支援を受けられず死を選ぶしかないのはおかしい」

「こういったことが今後起きてほしくない」と行政を非難します。

 

ここでちょっと考えてみてください。

今言ったような内容のニュース、無くなってますか?

 

亡くなった人に対して「悲しい」「つらい」という気持ちは、

近親者、また訃報を受けた人ともに嘘偽りはありません。

 

その人が最後に命と引き換えに発信した辛さ、嫌だったこと。

それは本来、とてつもないエネルギーを持っているはずです。

その人が亡くなっても、そのエネルギーは残された人の

「同じような事が起きないでほしい」という願いに変わって残るんです。

 

けれど、世の中は変わっていかない。

 

いじめや嫌がらせ、誹謗中傷は無くならず、何ならいい歳の大人がやってることのほうが多くなっています。

頑張って働いて、でも生活は苦しいままで追い詰められてしまう人だってまだまだいます。

 

変わらないんです。何も。

 

 

人の命が懸かっても変える事ができない。

だから僕は反対なんです。

 

今すぐには難しくても、もっと人が思いつめたり、追い込まれることの無い、

優しい世の中になることを願って。

 

不快に思われた方がいたらすみません。

 

 

人はなんのため「働く」?~仕事について思うこと~|うつ と くつ《鬱屈》

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どうも、鬱屈です。

 

人はたいてい誰しも、なんらかのお仕事に就いています。

今回はその「お仕事」について書いていきます。

 

 

 

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人はなぜ「働く」のか

これについてよく言われるのは「生活するため」ですよね。

これは僕も間違ってはいないと思います。

ただ、少々足りないと思うので付け加えないといけません。

 

それは「”まともな”生活をするため」ということです。

 

昔、数年バイトしていた職場で正社員登用の目がほとんどないことに気付いて

転職したときのこと。

同じバイト先だった知り合いと会う機会があり、話の中で

「あそこ(元バイト先)は安いよね。働かざるもの食うべからずって言うけど、

働いてても食えません、だよね。」

と僕がこぼすと彼は、

「あそこは働いてるとは言えないからw」

と言っていました。

 

8時間以上拘束で、PCに向かってずっと作業して、

何なら本来社員がやるような業務も一部のバイトが担当して

・・・働いてるとは言えない?

その時は特に引っ張らず流しましたが、この返しは僕にとって心にかなり引っかかるものでした。

 

バイトであれなんであれ、人材として労働力になっているのだから、

まともな生活を送れるだけ稼げて当然だと思うんですよね。

生活の足しにしたい、お小遣いを稼ぎたい場合にバイトやパートはちょうどいいですが、

全部が全部その水準で、基本的にはそれ一本で食っていけないというのは悩ましいというか、なんだかなぁと思うところです。

 

コロナ禍も相まって、いろいろな事情で仕事に就けない人もいると思いますが、

安易に「何でもいいから働きなさい」とは思いません。

低賃金や全く興味のない分野でも「とりあえず働く」ことが、

必ずしもその人にとってプラスになるとは思えないですから。

 

働く人は、みな偉い

よく「真面目に働いて偉い」と言う人がいます。

確かにその通りです。

誰かが働くからこそ、社会が成り立つ。

”どんな形であれ”働く人は偉い。

 

でもなぜか、労働者間には正規と非正規という形で待遇や給与の面で格差があり、

なんなら正社員でも満足な給料をもらえていないなんて人もいます。

給料が安くても真面目に働く人、節約して切り詰めて必死に生きる人は

中でも偉いとされ褒められますが、状況は変わりません。

上司の「頑張ってるね」の一言だけで頑張れる神経は理解が追いつきません。

 

「日本国民は皆、健康で文化的な最低限度の生活をする権利を有する」

なんていいますが、時代が進むにつれて「最低限度」の度合いも変化し、

より良くなっていくのが普通と思いますが、今はまだ低く、まだまだ先は長そうです。

 

 

「甘え」は是か非か。|うつ と くつ《鬱屈》

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どうも、鬱屈です。

 

「○○は甘え」って言う人、けっこういると思います。

個人的にはそんな悪いことでもないと思うんですが、甘えることっていけないことなんでしょうか?

今回はそんな「甘え」について書いていきます。

 

 

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「世の中そんなに甘くない」

さて、これもよく聞きますが、どうなんでしょう?

実際甘くはないんです。

物事はうまくいくことのほうが珍しく、簡単に展開してくれないことは

多々あるわけです。

 

ではなぜ「世の中甘くない」のか。

答えは簡単です。

「甘くなったら困る」人がいるからです。

それは甘えを許さない、自分にも他人にも厳しい人を「使う側」の人達。

そう考えるとなんか納得いきませんか?

※完全なる個人の主観です。

 

「甘えたい」は原動力

けど、普通に考えて「甘えたい」側の人間が大多数を占めるわけです。

となればむしろ、甘くないことは悪いこと、よくないことなんじゃないかと

思うんです。

 

世の中もっと、できるところはイージーになって然るべき。

人生を楽で豊かにするために、人は進歩し、発達してきたんですから。

 

しかしながら、大人が若者に「甘えるな」って言い聞かせる時代はまだ続いています。

僕は大人としての役目って、今の若い人、その先の世代が楽できる世の中になるよう、

むしろもっと世界をより「甘く」発展させることなんじゃないかと、そう思うんですよね。

 

「甘え」は「是」。

甘えるために、進歩する。

 

自分に厳しくするのもいいですが、もっと楽しましょうよ。

 

 

はじめに。|うつ と くつ《鬱屈》

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どうも、鬱屈です。

 

今回はこのブログの概要と、少しばかりですが注意点がありますので、それらについて書いていきます。

初めてこのサイトにお越しいただいた方は、他の記事を読む前にご一読いただければと思います。

 

 

概要~このブログの目的~

本サイトは日常生活を送る中で感じた不満や

これおかしくない?と思ったことに対して文句を言うブログです。

完全に主観で書いていくため、大体の内容はただの愚痴になります。

 

ただ、日ごろ色々な事にモヤモヤして、僕と同じようなことを感じる人がいるのなら、このブログを読んで

「こういう風に感じる人が自分以外にもいるんだ」

「自分だけじゃないなら別に大丈夫か」って思って頂けたらうれしいです。

 

ちょっとした注意点

いくつか注意点というか、お断りを入れておかないといけない事があります。

その1 人によっては不快に思う場合があります。

「人によっては」というか割と多数だと思います、はい。

僕が発信したいものは自分の感じた「不満」「文句」なので、

そういった事を言わない、または言わないことを自分に課している

「五戒を言わない」タイプの人は不快に思うと思います。

(五戒・・・「不満」「文句」「悪口」「泣き言」「愚痴」)

その2 問題の解決や役に立つ情報は、ないです。

全くではないかもしれませんが、基本的に文句を言って終わりなので、

困っていることや問題の解決方法を探している人にこのブログは役に立たないと思います。

まぁちょっと探せば簡単なことはいくらでもその手のブログやサイトで見つけられると思うので、他で探しましょう。